『第3のギデオン』フランス革命の背景に潜むカタルシス【マンガ紹介】

『第3のギデオン』1巻表紙 マンガ紹介

皆様、お初にお目にかかります。Koukeiと申します。

今回は「マルチメディア化されていないマンガ紹介」第一弾として(そして本ブログ初投稿として)、
ビッグコミックスぺリオールにて連載された『第3のギデオン』(著:乃木坂太郎/出:小学館、全8巻)を紹介します。ちなみに乃木坂先生は本作以外にも、『医龍』『幽霊塔』『夏目アラタの結婚』なども描かれています。

稚拙な文章で大変恐縮ですが、生温かい目でご覧いただけると幸いです。

著:乃木坂太郎/出:小学館
  • はじめに「フランス革命とは」
  • あらすじ
  • 超個人的ススメ① 不完全な絶対君主・ルイ=オーギュスト(ルイ16世)
  • 超個人的ススメ② 立場・状況・感情が二転三転するカタルシス
  • 超個人的ススメ③ ルイ=シャルル(ルイ17世)の超好意的解釈
  • おわりに

はじめに ―フランス革命とは―

『民衆を導く自由の女神』ウジェーヌ・ドラクロワ

皆様はフランス革命をご存じでしょうか。高校で世界史選択の方は間違いなく習ったと思われますが、それ以外の方は名前を聞いたことがある程度の認識かもしれません。

フランス革命は、平民が絶対主義(国王や貴族、高級聖職者が権力を独占していた体制)を打ち破り、資本主義の発展や人権保障の確立を成し遂げるために、1789年に起きた市民革命運動です。

革命以前のフランスは、第一身分(聖職者)、第二身分(貴族)、第三身分(平民)に分かれた身分制度が採用されていました。特権階級とされる第一身分・第二身分は免税などの優遇制度を享受できる一方、人口の大多数を占める第三身分には納税義務が課されており、上位身分との格差が一層広がっていく状況でした。

そのような状況下のフランスの動向を「ギデオン・エーメ」の視点から緻密に語られるのが、『第3のギデオン』です。

あらすじ

ギデオン=エーメとジョルジュ・ド・ロワールのイメージ画像
左:ギデオン=エーメ、右:ジョルジュ・ド・ロワール

貧困や飢えが蔓延るフランスで、第三身分の主人公ギデオン・エーメは反政府活動(貴族をモチーフにしたエロ小説の執筆)に努めますが、ある日活動がバレて投獄されてしまいます。ギデオンは窮地に陥りますが、幼少期を兄弟のように過ごした貴族階級のジョルジュ・ド・ロワールに救われます。

しかし、同性の幼馴染という存在は闇を抱えているものです。ジョルジュもその例に漏れず、貴族でありながら貴族主義や身分制を憎んでいました。生まれもった美貌やカリスマ性を以って仲間を集めながら、多種多様なテロ活動を画策し民衆を扇動。しかも、なぜかギデオンの娘ソランジュもジョルジュの革命に参画していました。さすがのギデオンも「えぇ…」と当惑します。

こうして、平民でありながら革命に反対するギデオンと、貴族でありながら身分制度を否定するジョルジュ、そしてルイ16世マリーアントワネットロベスピエールなど教科書で見たことのある人たちの情動が交錯しながら、フランス革命へと至る物語が展開されます。

超個人的ススメ① 不完全な絶対君主・ルイ=オーギュスト(ルイ16世)

歴史を題材とした作品では登場人物は史実に則ってキャラクター設定が行われているケースが多いですが、文献などのソースが見つかっていないものは、矛盾のない範囲で作者が行間を埋める必要があります。そのオリジナル部分に詰め込まれた作者の力量(あるいは癖)こそ、歴史を舞台にした作品の醍醐味と呼べるでしょう。

フランス革命を題材とした本作品においても、ルイ16世をはじめとした史実に即した登場人物のキャラクター造形には乃木坂先生の癖(へき)がたっぷりと詰まっていると感じました。ルイ16世の妻マリー・アントワネットや二面性のある童貞弁護士ロベスピエールなど、語りたいキャラクターは多分にいますが、今回は筆者の推しであるルイ16世について、作中キャラクターとしての魅力をお伝えしたいと思います。

ルイ16世のイメージ

ルイ=オーギュスト(ルイ16世)は、悪政を敷いてきたルイ14世、15世の後を継ぎ、財政難かつ国民からの評判も最悪な状態で即位した不憫な王です。史実のルイ16世は拷問を廃止するなど、当時のフランス王族としては珍しく、人権思想に基づいて行動していたとされています。

本作において、ルイ16世は王族としての威厳を残しつつも、国の安泰を望む穏やかな人物として描かれています。しかし、その柔和な人柄は為政者としては向いていないようで、重大な決断をできずに悩んだり、家族に対する向き合い方に葛藤する描写も。そこもルイ16世の魅力で、作中では娘や元嫁のやらかしに悩むギデオンが、良い意味で「俗」な悩みを抱えるルイ16世に親近感を覚える様子を見せます。また、ルイ16世も立場を超えた”良き友人”としてギデオンに信頼を置いていました。

ちなみに、ルイ16世は「他人の嘘を見抜けるが、自分自身も嘘をつけない」という謎の能力を有しており、この能力と先述した彼の”人間らしさ”が物語をひっくり返すことになります。

ルイ16世とギデオンが親子関係で悩むシーン

ネタバレになりますが、史実通り革命は実現し、ルイ16世は現在のコンコルド広場でギロチンにより処刑されます。
そして史実でのルイ16世は、今際の際に以下の言葉を残したとされています。

私は無実のうちに死ぬ。私は私の死を作り出した者を許す。
私の血が二度とフランスに落ちることのないように神に祈りたい

もちろん、『第3のギデオン』においても彼の処刑は描写されています。
ルイ16世の「許す」という言葉にどれほどの想いが込められていたか、ほとんどの民衆はその言葉について考えることもしないでしょう。ですが少なくとも主人公と筆者にはその想いが伝わり、全く同じ表情を浮かべました。

フランス君主としての適正はなかったルイ16世ですが、相次ぐ問題に不器用ながらも対処し、最期まで”愛”に向き合った彼の生き様に心打たれます。

親としての愛情を向けるルイ16世

超個人的ススメ② 立場・状況・感情が二転三転するカタルシス

本作では、各登場人物の立場や状況、価値観がひっくり返る出来事が序盤・中盤・終盤にそれぞれ用意されています。その際の心理描写が非常に丁寧かつリアリティあふれており、カタルシスを感じさせます。

この作品のタイトル『第3のギデオン』の秘密が明らかになる過程でも、登場人物(と筆者)の情緒がゆさゆさされるようなシーンがあります。ここでの「第3」は第三身分を指していますが、それだけではありません。勘の良い方は気づいているかもしれませんが、ぶっちゃけてしまうと「第1のギデオン」「第2のギデオン」についても明示されています。それぞれの「ギデオン」が誰を指しているかは読み進めていくうちにわかりますが、正体が明かされることで各キャラクターの立場や感情が180度変わります

とある真実が発覚する終盤のシーンでは、あるキャラクターの感情が急転直下で堕ちていきます。それを一緒に聞いていた敵側の人物がフォローの言葉を送るレベルです。これこそ、前述したルイ16世の性格と能力が起因して生じた状況なのですが、ぜひこの話までは前情報を入れずに読んでいただきたいです。話や展開はとてもシリアスなのですが、その場を取り巻く空気感はかなりシュールなので、いろいろな意味で面白いと思います。

超個人的ススメ③ルイ=シャルル(ルイ17世)の超好意的解釈

ルイ16世には4人の子どもがいますが、うち2人は夭逝(幼くして亡くなり)、次男のルイ=シャルル(ルイ17世)も若くして死亡。天命を全うできたのは長女のマリー・テレーズのみでした。

特にルイ=シャルルはわずか10年という短い生涯でありながら、当時の情勢を鑑みてもあまりにも悲惨すぎる人生を送っています。彼のバックグラウンドについてはWikipediaに淡々と記されていますが、「検索してはいけない言葉」にも選定されているほど救いのない陰鬱な内容です。手軽に病みたいという方におすすめです。
読んだだけで体調が悪くなるほど後味が悪いので、真面目に閲覧注意です。

しかし、人間というのは矛盾した考えを持つもので、内容を読んでもらいたいという想いもあります。なぜなら、ルイ=シャルルの背景を理解したうえで本作を最後まで読むことで、(先にギデオン関連の話をしておいてなんですが)個人的に作中屈指のカタルシスを感じられたからです。

詳細は伏せますが、乃木坂先生の超好意的解釈による”矛盾のない救い”がもたらされており、筆者は「このシーンを見るためにこの作品を読んできたのかもしれない」と無意識につぶやき、涙が頬を伝うことに気づくのも時間がかかるほど感動しました。

読まないほうがいいかもしれませんが、一読してほしい気持ちが強いため、下記にWikipediaのルイ=シャルルに関する記事のリンクを残しておきます。
改めてになりますが、無理には読まないでください。責任は負いかねますので……。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A417%E4%B8%96

処刑前日に息子を諭すルイ16世

おわりに

『第3のギデオン』…だけでなく乃木坂先生の作品全般に言えることですが、豊かな感情表現や巧緻な心理描写が最大の魅力だと感じています。特に本作は矛盾する気持ちを抱え葛藤する描写や、心の奥底に潜ませている欲求など、人の浅ましさが丁寧に表現された作品です。その浅ましさを存分に描きながらも「人間らしさ」として受け入れ、最終的には人間賛歌として捉えなおす構成は、上からの物言いになりますが「見事」だと思っています。

正直、ストーリー展開に粗がないわけではないですが、それが気にならないほどに私は心をつかまれました。中世ヨーロッパやフランス革命に少しでも関心を持っている方や、世界史の授業でこの分野について学ばれた方(あるいは学ぶ予定の方)は、この作品を読むことで一層、興味と理解を深めることができると思います。

よろしければ是非、ご一読ください。

妻に亡命を提案するルイ16世

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